2008年06月23日

『ラスト・フレンズ』はケータイ小説的。

『ラスト・フレンズ』はケータイ小説的。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080623-00000004-tsuka-ent

6月23日12時45分配信ツカサネット新聞先日、フジテレビの人気ドラマ『ラスト・フレンズ』がついに最終回を迎えた。『ラスト・フレンズ』は長澤まさみ、上野樹里、瑛太ら若手人気俳優が、ドメスティックバイオレンス(DV)、性同一性障害、アダルトチルドレン(AC)などの様々な悩みや問題を抱える登場人物に扮し、それらの諸問題を真正面から取り上げる社会派ドラマである。出演陣のシリアスな演技や重厚な演出が話題を呼び、ついに視聴率が20%を超え、鳴り物入りでスタートした木村拓哉主演の『CHANGE』や人気シリーズである仲間由紀恵主演の『ごくせん』を抜いてしまったという。たしかにキムタクがスピーチすれば国政の諸問題が万事解決する『CHANGE』や、仲間が暴れて啖呵をきれば教育の諸問題が万事解決する『ごくせん』などに比べれば、『ラスト・フレンズ』のほうがはるかに見ごたえのあるドラマになっているといえるだろう。視聴率が低落傾向にあった連続ドラマの中で、久々のヒット作である。私自身も毎週欠かさず見ていたのだが、同時期に読んでいた一冊の本がある。速水健朗の『ケータイ小説的。』(原書房)という本だ。速水はこの本で、『恋空』『赤い糸』などに代表される“ケータイ小説”に着目し、物語の背景やケータイ小説を生み出した文化的土壌、受容されてきた文化的環境などを解き明かそうとしている。ケータイ小説は従来このような研究対象になっていなかったジャンルなので非常に興味深く読むことができた。特に『ラスト・フレンズ』とは関係なく、偶然読むタイミングが一致しただけである。『ケータイ小説的。』を読んでいて気付いたのだが、『ラスト・フレンズ』は“社会派ドラマ”と銘打たれていたが、実はケータイ小説読者(と元ケータイ小説読者)をターゲットにしているんじゃないだろうか。それぐらいケータイ小説的な内容と符号している点が多いのだ。ケータイ小説といえば、“内容がない”“文章が稚拙”“登場人物がやたらとセックス、妊娠、中絶を繰り返す”“すぐに難病になり死んでしまう”などなど、売れてこそいるがけっして評判のいいものではない。だからほとんどの文化人、研究者はケータイ小説に関心を払うこともなかった。一方、『ラスト・フレンズ』は“社会派”“シリアス”“意欲作”などと形容されることが多く、一見ケータイ小説との共通点は見出しにくい。では、ケータイ小説と『ラスト・フレンズ』の類似点をいくつかピックアップしていこう。まず、『ラスト・フレンズ』は妊娠している長澤まさみ扮する美知留の回想的モノローグで始まる。回想的モノローグとは、「あのとき私は〜〜だった」というような、過去形の述懐のことである。つまり、『ラスト・フレンズ』の物語は美知留の回想であり、過去を思い返す美知留の独り語り(モノローグ)で進行していく。この手法を採用しているドラマはそれほど多くはなく、『CHANGE』や『ごくせん』も回想的モノローグは使われていない。しかし、ほとんどのケータイ小説で、この回想的モノローグが使用されているのだ。もともとは野島伸司ドラマでも多用されていた手法であり、もっとも回想的モノローグを印象的に使っているのがアーティストの浜崎あゆみである。彼女の歌詞のほとんどは回想的モノローグで書かれており、ケータイ小説は浜崎あゆみの歌詞に強い影響を受けているため、文章スタイルが似ることになり、結果的に回想的モノローグをよく使うことになっている。主人公のひとりである美知瑠は恋人の宗佑(錦戸亮)から常にDVを受けている。美知留はかなり激しい暴力を振るわれているが、なかなか宗佑から離れることができない。DV問題の中でよく語られる“共依存”の関係に陥っている。自分はとても愛されている、彼は私を愛しているがゆえに暴力をふるう、彼は寂しがっているのだ、だから私が彼についていなければいけない、彼は本当はとても優しいのだ、という理屈である。ここでポイントになるのが、美知留と宗佑が未婚であること、である。恋人期のDVは“デートDV”という言葉で夫婦間のDVと区別されている。このデートDVも、ケータイ小説によく出てくる要素のひとつである。ケータイ小説に登場する少女は、その彼氏に愛されるがゆえ殴る蹴るの暴行を受け、避妊なしのセックスをされ、妊娠させられた挙句に結婚を迫られることが多い。ケータイ小説は具体的な描写が少ないことで知られているが、ことデートDVに関してはこと細かく描写されているのだという。これはデートDVがケータイ小説読者にとって身近な問題であることを示している。そして、ケータイ小説の中でデートDVの主が断罪されることが少ない。彼らは“愛ゆえに”行動しているのであり、ほとんどが主人公によって赦しを得ている(つまり“愛”を受け入れている)。『ラスト・フレンズ』でも、宗佑によるデートDVが美知留たちによって告発されることはない。宗佑は警察に引き渡されることもなく、彼の行動はすべて“愛ゆえ”のものであると解釈されているようである。タケル(瑛太)は過去の家族間のトラウマによってセックス恐怖症になっているアダルトチルドレンである。反対に、セックス依存症のエリ(水川あさみ)はセックスすることによって他者とのコミュニケーションをとっている。アダルトチルドレンはケータイ小説のテーマとしてよく扱われる問題であり、主人公がアダルトチルドレンであると設定されているケータイ小説も少なくはない。また、セックス依存症は明言されることは少ないが、セックスをすることにより他者とのコミュニケーションを図る登場人物は、ケータイ小説の中に多く見られる。彼らにとって、恋愛とは他者との濃密な感情や価値観のせめぎあいなどではなく、セックスそのものである場合が多いのだ。ちなみにもうひとりの主人公、瑠可(上野樹里)は性同一性障害のモトクロスレーサーだが、この設定はほとんどケータイ小説には出てこない。『ラスト・フレンズ』はケータイ小説をそのままドラマにしているわけではなく、ある程度アレンジされている。ケータイ小説は女子高生や女子大生が主人公のことが多いが、実際の読者は20代女性も含まれている。それは浜崎あゆみの曲を聴いていた層であり、浜崎同様にケータイ小説に影響を与えた『NANA』(この作品でも回想的モノローグが使用されている)の読者層でもある。『ラスト・フレンズ』の主人公たちは学生ではなく、それなりに社会経験を積んだ人物だし、ケータイ小説のような見ていて気恥ずかしくなるような恋愛などは出てこない。各個人の持っている悩みや問題をクローズアップしつつ、恋愛の要素は過不足なく出し入れされており、ベテラン脚本家の浅野妙子によって夜の10時代に放送される落ち着いたドラマに脚色されている。ケータイ小説的な物語は好きだけど、高校生がはしゃいでいるドラマは幼稚に見えてしまう、そんな20代女性を『ラスト・フレンズ』は視聴者として取り込むことに成功したのではないだろうか。10代から20代女性のケータイ小説読者は、実は連続ドラマの視聴者層として空白地帯だったと考えられる。今まで連ドラの視聴率を支えてきたのは、「月9」全盛期、またはトレンディドラマが流行っていた頃にドラマを見ていた人々だろう。90年代前半の『101回目のプロポーズ』や『ひとつ屋根の下』、また00年代前半の『やまとなでしこ』『HERO』などはいずれも高視聴率をあげていたが、当時の視聴者が20代の女性中心(F-1層と呼ばれる)だとすると、現在、30代、40代になっていると考えられる。また近年は『のだめカンタービレ』に代表されるコミック原作ドラマが流行したが、10代20代はコミック離れをしており、ドラマになるようなコミックを読んでいる年齢層は実は30代や40代である場合が多く、実は視聴者層自体は入れ替わっていなかったとも考えられる。実際、コミック原作のドラマは減少の一途をたどっている。ちなみにソーシャルネットワークサイトのmixiの中にある『ラスト・フレンズ』コミュニティは、実に7万人の参加者を数える。『CHANGE』コミュニティの参加者は3600人、『ごくせん』(第3シーズン)コミュニティの参加者が4500人であることを見ても、『ラスト・フレンズ』の人気ぶりがよくわかるだろう。このコミュニティの中で実施されているアンケート結果によると、10代と20代前半、20代後半だけでなんと参加者の80%を占めている。これは連ドラの新しい視聴者層と言えるのではないだろうか。また、1話放送されるごとに感想トピックには約3000のがつき、その多くは自分の体験談である。それだけ多くの人々が『ラスト・フレンズ』にリアルなものを感じているということだが、この消費のされ方もケータイ小説的である、と言うことができるだろう。キムタクでさえ苦戦するほど、連ドラの視聴率が頭打ちになっていたところへ投入された『ラスト・フレンズ』は、“社会派ドラマ”と銘打たれながらも、実は新しい視聴者層=10代、20代のケータイ小説読者層を開拓するための新戦術の結晶だったのかもしれない。ただし、すでにケータイ小説『恋空』のドラマ化が発表されているが(8月スタート)、『恋空』が『ラスト・フレンズ』のような視聴率を獲得できるかどうかは疑問である。女子高生の“純愛”物語である『恋空』は、夜遅い時間帯のドラマ枠に向いているとは言えず、実際に土曜夜8時という早い時間帯で放映されることが決定している。これでは20代女性の視聴者層を取り込むことが難しい。『ラスト・フレンズ』はケータイ小説そのものではなく、あくまで「ケータイ小説的」であるから成功したのである。■ 『ケータイ小説的。』速水健朗(原書房)

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[引用元:Yahoo[ツカサネット新聞]]
posted by tom at 13:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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